2007年05月22日

元気です

我が家の「はるかのひまわり」。
添え木の効果あったようで、再び天に向かってまっすぐ成長を開始しました。

まずは一安心。
希望と再生のシンボル「はるかのひまわり」がんばれ!

  


Posted by 51 at 07:44Comments(0)

2007年05月19日

ひまわりが・・・

我が家のはるかのひまわり
順調に育っていた。

「はるかのひまわり」願いを込めて種を蒔いたのは先月の初旬だった。

震災の悲劇が二度と起こらないように、との願い。
復興と再生の希望と勇気が与えられるように、との願い。
そして、失敗してもなお、チャレンジし続ける者へのエールと成功を願った。

家の南側と西側にそれぞれ5粒の種を蒔いた。

特に順調に育っていた西側の5本のひまわり

夕べの雨のせいか、風のせいだろうか?
 
長さ30センチ程に育っていたのに、真ん中でポッキリ折れていた。

驚きと落胆、しばしの沈黙・・・

折れたひまわりの芽を添え木で支え、ひもで結わえることにした・・・

手が、泥だらけになった。
頭の中を走馬灯のようにいろんな事が駆け巡った。

涙が溢れた。


誰のせいでもない・・・でも自分が小さすぎると感じた。それが悔しかった。


「しゃぼん玉」を口ずさんだ

しゃぼん玉 飛んだ
屋根まで 飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて 消えた

しゃぼん玉 消えた
飛ばすに 消えた
生まれてすぐに
こわれて 消えた

風 風 吹くな
しゃぼん玉 飛ばそ


野口雨情のしゃぼん玉。
雨情が、幼い我が子を亡くした時の悲しみを歌にしたものだという。
また、その悲しみから這い上がる希望と勇気を与える歌でもあろう。

歌いながら思った。
人生、上手く行かない時もある。悔しければ泣けばいい。でも諦めちゃいけない。
雨情が這い上がっていったように、希望を持ってしゃぼん玉を飛ばしたように。
「はるかのひまわり」に希望を見出し復興を遂げ、種を蒔いた人々のように強くあれと・・・

「はるかのひまわり」にそんなことを教えてもらった気がする。
「はるかのひまわり」・・・本当に不思議な花だ。

この種を蒔くことの深い意義を感じた。            感謝。合掌。

我が家の「はるかのひまわり」応援してやってください。
懸命に雨、風に耐えています。私の添えた添え木と共に・・・
  


Posted by 51 at 12:53Comments(0)

2007年05月10日

所有から活用へ

「もったいない」この言葉が世界的に広がっているという。
すばらしい事である。

この「もったいない」であるが、2つのとらえ方、レベルがあると思う。
まだ使えるモノを捨ててしまう。簡単に所有を放棄することのもったいなさと、
所有したものを活用せず、溜め込んでいるというもったいなさである。

あれが欲しい、これも欲しい。お金、大きな家、車、時計、宝石、バックに靴・・・
ひたすら所有にあこがれ、所有に躍起に生きる。
手に入れたモノをひたすら溜め込む。
いつの間にか、家には使われないものが溢れる。
まるで、ごみ屋敷のように、溜め込んでいく。

まったく捨てる事をしない。もったいないと思うからだ。

しかし、本当にもったいないのは、活用されずに溜め込まれたものでなないだろうか。
モノは所有すれる為に存在しているのではない。本来の役割があるはずだ。
(芸術などは、人の心を潤すものも存在するのであるが・・・)

身の回りを見てみよう。使わないもの、余分なもの溢れていないだろうか?
机の中にも鉛筆や、ボールペン、消しゴム、必要以上にモノがある。一つか二つで充分だ。
家にも、着ない洋服、時計、靴、バック、本・・・
嫌になるほど、活用しないものが溢れている。

これが、本当にもったいない事だと思わないだろうか?

所有から活用へ。

これが、キーワードだ。

生きることに大変な時代や国家ならいざしらず、このモノが溢れる国、日本においては、所有より、活用を意識しなくてはいけない。

シンプルに必要最低限のもの意外は持たない。
そして所有するものをしっかり活用する。
それが、豊かな生活だと思う。

思い切って、捨てる事を実践してみよう。
捨てる、または誰かに差し上げるなどして、身の回りには活用するモノだけにして行くのである。

すると、本当に大切なモノが見えてくるし、大切にするだろう。
所有に走るのは、素敵じゃない。
活用するモノだけを大切にする。そんなシンプルな生き方がエコロジーであり素敵な生活だと思う。
  


Posted by 51 at 10:15Comments(5)